制御された“爆発”を利用してロケットを飛ばす研究が進められている。この「回転デトネーションエンジン」と呼ばれる技術が実用化できればロケットの重量を大幅に削減できるうえ、エネルギー効率も高くなるとされている。新たなテスト結果によって実用化に向けた大きな一歩を踏み出したが、まだまだ大きな困難が立ちはだかっている。
TEXT BY SOPHIA CHEN
TRANSLATION BY MINORU KAWAHARA/GALILEO
大半の航空宇宙技術者にとって、ロケットエンジンの内部で起きる爆発は、起きてほしくない最悪の事態である。ところが、カリーム・アフメドにとっては、その発生こそが重要になってくる。
セントラルフロリダ大学推進エネルギー研究所の所長として、アフメドはこの数年間を次世代ロケットエンジンの開発に費やしてきた。搭載物を宇宙空間に打ち上げるために、制御された“爆発”を利用するロケットだ。回転デトネーションエンジン(Rotating Detonation Engine:RDE)と呼ばれるこの技術は、ロケットの軽量化と高速化、簡略化を可能にすると期待されている。だが、技術者や物理学者はRDEが宇宙に飛び立つ前に、その動作の仕組みをより詳細に理解する必要がある。
「課題は実際に内部で何が起きているのか解明を試みること、そして性能を予測できるようにすることです」と、アフメドは言う。「従来型のエンジンと同じくらい予測可能なレヴェルにまで、RDEを到達させることを目指しています」
問題を解決策に転換
SFから生まれたような印象を受けるRDEだが、その概念は宇宙時代そのものと同じくらい昔からある。1950年代末から60年代はじめにロケットエンジンの開発に取り組んでいた航空宇宙技術者たちが、問題を解決策に変える方法としてRDEを構想したのだ。
デトネーションエンジン開発のパイオニアだったアーサー・ニコルズは、亡くなる直前にミシガン大学で行われたインタヴューで、「ときにロケットエンジンはひどく不安定になり、爆発が起きたものです」と回想している。「これがアイデアをもたらしました。こうした爆発を利用したらどうだろう、というものです」
RDEは基本的には、ほかのロケットエンジンすべてと何ら変わるところはない。燃料と酸化剤に点火すると、急激に膨張して噴出口から高速で押し出され、その反動でロケットが逆方向に吹き飛ばされる。
だが、“悪魔”とは常に細部に宿るものだ。スペースXが採用しているような従来型の液体ロケットエンジンでは、大型のターボポンプやほかの複雑な機械類を使って燃料と酸化剤が加圧され、点火室に送り込まれる。RDEではこの加圧系統が不要になる。デトネーション(衝撃波を伴う爆発的燃焼)による衝撃波で圧力が生じるからだ。
デトネーション波の無限ループ
アフメドと研究チームが開発したRDEでは、水素と酸素が燃焼室に送り込まれる。細い管を使って衝撃波を燃焼室内に送り、デトネーションを誘発する仕組みだ。
エンジンの最前部には、数十個の燃料噴射器から水素と酸素が送り込まれており、圧力波(衝撃波)が燃焼室内を進むにつれ、より多くの水素と酸素に衝突する。送り込まれたばかりの燃料と酸化剤にデトネーション波(衝撃波を伴う燃焼波)が衝突すると、気体となった燃料の温度と圧力が急激に上昇する。これによって気体が燃焼すると、炎が放出されてロケットエンジンから噴出する。
爆発は1回限りの現象であり、何かが爆発したらそれでおしまいと思われがちだ。これに対してRDEを機能させるには、最初のデトネーションを持続させる必要がある。ここで「回転」の出番だ。
推進剤は、特別に設計された噴射板を通じてエンジンに供給される。噴射板には小さな穴が多数あり、これらの穴がデトネーション波が走るサーキットのコースのように作用し、シリンダーの周囲を回転する。この回転する波によって新たに推進剤が供給され、燃焼室への推進剤の流入が止まらない限り、新たなデトネーション波が無限ループで生成される。
初のRDEのテスト結果を公表
こうしてアフメドとセントラルフロリダ大学および米空軍の研究チームは、推進剤に水素と酸素を使用した初のRDEのテスト結果を5月上旬に公表した。水素と酸素の化学混合物は、通常は周回軌道に向かう飛行の最後の行程でロケットの上段を推進させるために使われる。アフメドによると、この混合物は非常に爆発しやすいので、RDEには使用できないと多くの技術者が考えていたという。
「水素は、ものすごい燃料です」と、アフメドは言う。「水素と酸素をデトネーションさせることは不可能だと、大半の人々は考えていました。デトネーションエンジンというより典型的なロケットエンジンのように爆燃する傾向があるからです」
デトネーションエンジンがつくり出す波の数は、システム内にどのくらいの量の推進剤が流入するかによって決まる。アフメドと研究チームが開発したエンジンでは波が5個できるが、別のRDEでは最大で8個できたことがある。波の数がエンジンの性能にどのように影響するかについてはまだ不明だ。これを明らかにするには、波自体に関する理解を深める必要がある。
アフメドと研究チームは、開発したRDEがつくり出す波を調べるため、推進剤に化学的トレーサー(挙動追跡物質)を添加した。さらに毎秒20万フレームの撮影が可能なハイスピードカメラを使用して、エンジンを撮影した。その結果は、アプリケーションが読み込み中であることを知らせるために画面に表示される、くるくる回る輪のアイコンのように見える
途方もない困難
アフメドの推算によると、ターボポンプの機械類をすべて取り除ければ、ロケットの重量を約30パーセント減らせる。さらに、従来型のエンジンに比べて構造の複雑さがかなり軽減され、エネルギー効率も高くなると考えられる。
制御されたデトネーションで宇宙空間に乗り出すことは、理論的には素晴らしいと思われる。だが、実用化には途方もない困難が伴う。いまだに最大の課題となっているのは、RDEの内部で起きる基本的な反応を理解することだ。
米空軍研究所でRDEの研究を主導するウィリアム・ハーガスは、研究計画を説明した18年の論文で、「大半のデトネーション波現象は、ほとんど理解されていないように見える」と記している。RDEが「ロケット推進技術に性能の向上をもたらすことが可能かどうかを判断するには、RDEの基礎的な理解を大幅に向上させることが不可欠だ」と、ハーガスは結論づけている。
ワシントン大学応用数学科の博士課程暫定修了研究者のジェイムズ・コックによると、RDEの研究が難しいのはデトネーションの過程が途方もなく激しく、「とんでもなく高速」だからだという。最初の爆発でエンジンが点火し、衝撃波が生成され、最大時速4,000マイル(時速約6,400km)でほんの1cmほどの距離を進む。いったんエンジンが作動すれば、炎のほかの部分から生じる回転デトネーション波からの微弱な信号を抽出することは困難になる。
2025年までに初飛行を目指す
1950年代末から60年代にかけての初期には多数の研究が行われたが、爆発の制御に伴う複雑さが増大したことが原因で、米航空宇宙局(NASA)やほかの宇宙機関は従来型エンジンの改良に重点を移した。それ以降、RDE関連の研究は表舞台に出ることなく、くすぶっていた。それがこの数年で再び注目され始めている。
米空軍研究所の当局者らは18年、従来型のロケット推進剤を使ったRDEの開発・飛行計画を発表した。アフメドのチームが開発したRDEは、この計画の成果のひとつだ。アフメドによれば、米空軍は25年までにRDEの初飛行を目指しているという。
RDEの研究に伴う困難を克服するために、技術者は数値流体力学に基づき、デトネーション過程の詳細なシミュレーションを作成している。最新の飛行機、潜水艦、ロケットなどの設計に使われるものと同じコンピューター技術だが、RDEのモデル化にはスーパーコンピューターの処理能力を限界まで使う必要がある。
「これは非常に詳細で時間のかかる、しらみつぶしのアプローチです」と、ワシントン大学のコックは言う。「米国防総省がRDEのシミュレーションを実行していますが、同省にある最先端のスーパーコンピューターでも実行におよそ3週間から1カ月かかるのです」
重要な一歩となる数学モデルの誕生
デトネーション波をモデル化するためのより優れた方法を見つけようと決心したコックは、非線形波動力学とパターン動力学と呼ばれる数学の一分野に注目した。この研究分野では、パターンが形成される仕組みを説明するモデルを、数学を用いて作成する。
コックと研究チームが研究室内で組み立てた小型RDEに点火したとき、コックは自身の数学モデルを使えばエンジン内で起きている基本的な物理過程を説明できることに気づいた。スーパーコンピューターは必要なかったのだ。
「このアプローチは実にうまくいきました」と、コックは語る。「自分のノートPCでシミュレーションを実行でき、かかる時間はおそらく30秒くらいです。それで国防総省で3週間かかったものと同様の結果が得られるのです」
コックが開発した新技法は、学界に「新たな波を起こしている」という。だが、近い将来にスーパーコンピューターを用いたモデル化にとって代わる可能性は低いと、コック自身が指摘している。
ロケット以外への応用も
また、特定のRDEをモデル化するためには使えないという意味では、まだ概念的なレヴェルにとどまっている。燃料噴射器の数や燃料の種類、エンジンの直径といったパラメーターの値を入力できないので、特定のエンジンのシミュレーションを実行できないのだ。
「そうしたレヴェルに到達するには、あと数年かかるでしょう」と、コックは語る。だが、今回の数学モデルは、RDEの基礎物理を解明し、実現させる上で重要な一歩だ。
RDEは、ロケット技術の向上をもたらすだけにとどまらない可能性がある。米エネルギー省は、定常発電へのRDEの利用に関する研究に投資している。ゼネラル・エレクトリック(GE)などの企業は、ジェットエンジンへのRDEの応用について調査している。
だが、セントラルフロリダ大学のアフメドによると、RDEシステムはロケット分野で最初に実用化される見通しだという。重量の軽減と燃料効率の面で得られる利点がはるかに大きいからだ。デトネーションで推進するロケットエンジンは、60年にわたる努力の末に、まもなく宇宙に飛び立つかもしれない。
SHARE
"から" - Google ニュース
May 15, 2020 at 06:00PM
https://ift.tt/36dafJf
構想から60年、“爆発”のエネルギーで飛ぶロケットの実用化に向けた道筋が見えた|WIRED.jp - WIRED.jp
"から" - Google ニュース
https://ift.tt/3836fuw
Shoes Man Tutorial
Pos News Update
Meme Update
Korean Entertainment News
Japan News Update
Bagikan Berita Ini
0 Response to "構想から60年、“爆発”のエネルギーで飛ぶロケットの実用化に向けた道筋が見えた|WIRED.jp - WIRED.jp"
Post a Comment