「底がゴム製の運動靴」(広辞苑)と、スニーカーの定義は幅広い。
英語のsneakには、「こっそり入る、出る」「忍び寄る」の意味があり、sneakerは靴以外にも「忍び歩く人」を指すことがある。
歴史は1800年代半ばまで、さかのぼる。そのころ、靴底にゴムを高温で接着できるようになり、製品化への道が開けたという。
運動靴の進歩とスポーツには、深い関わりがある。1877年にテニスのウィンブルドン選手権の第1回大会が開かれ、1896年には近代オリンピックが始まり、機能性を高める製造技術が発展していった。
1908年に米国でコンバースが創業し、17年に「オールスター」の生産が始まった。同じころ、ドイツではのちにプーマ、アディダス両社をつくることになる、ルドルフ氏、アドルフ氏のダスラー兄弟が、靴をつくる工場を設立した。
ブランド競争が激しさを増したのは、第2次世界大戦後。なかでもナイキの躍進は知られている。
60年代初めに神戸市の「オニツカ」(現アシックス)の工場を訪れ、同社の商品を米国でも売らせてほしいと申し出たフィル・ナイト氏が創業したナイキは、NBAのマイケル・ジョーダン氏ら世界的スターと契約することでブランド価値を一気に高めた。ジョーダンの名を冠した「エア ジョーダン」シリーズは、根強い人気を誇る。
90年代半ばには、日本でもスニーカーが脚光を浴びた。
ナイキが売り出したスニーカー「エア マックス」をめぐり、各地で「争奪戦」が起き、たびたびニュースになった。スニーカーを買い求める人たちが徹夜で列をつくり、元値の2倍以上で売り買いされることも珍しくなかった。
音楽や映画との結びつきも人気を押し上げ、ファッションアイテムとしての地位を確立するのに一役買った。とくにヒップホップやロックといったジャンルのミュージシャンが愛用するスニーカーは、ファンの間で人気を博した。
近年はビジネスの場面にも顔を出すようになった。
ベンチャー企業の社長らの足元を飾るだけでなく、米副大統領のカマラ・ハリス氏がパンツスーツにコンバースで走り回る様子が注目を集めた。
ジョギングやウォーキング人気も追い風になり、靴専門情報サイト「シューズポスト」によると、日本でのスニーカーの市場規模は、90年時点で5880億円だったのが、2019年は8650億円にふくらんだ。コロナの影響で20年は7500億円と減ったが、革靴などが苦戦するなかでも成長を続けている。
マイボイスコムのネット調査(21年10月実施、回答9877人)では、「自分で履く靴を何足持っているか」の問いに、「3〜5足」(37.6%)が最多で、次いで「6〜10足」(35.9%)だった。持っている靴の種類は「スニーカー」が83.4%で首位。「サンダル、ミュール」(59.8%)、「ビジネスシューズ、革靴」(55.6%)を引き離した。(中川竜児)
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