ワークマンよりスピンアウトさせた新業態「ワークマンシューズ」が4月1日、大阪市の商業施設「なんばCITY」にオープンした。売場面積122平方メートルで、すでに営業中の「#ワークマン女子 なんばCITY店」の真向かいに位置する(関連記事)。
この新業態の開発理由は、2021年決算にあったという。同社の一般靴カテゴリーは過去3年に渡って売上高が倍増。既存店の靴売り場の拡張が難しくなっている中、一般靴の売り上げは前年比140%以上で伸長し、年間売上高は100億円を突破した。既存の靴売り場スペースの限界を打破するために単独で出店する靴専門店の開発に至ったようだ。
日本のシューズ市場はエービーシー・マート一強の時代が続いている。2010年に「SHOE・PLAZA」や「東京靴流通センター」を率いるチヨダの売上高を抜いて、名実ともに日本一の靴チェーンストアとなった。
その差は広がるばかりで、22年2月期の決算を見てもエービーシー・マートの売上高は2439億円(前年同期比10.8%増)、営業利益274億円(同40.7%増)なのに対し、業界2位であるチヨダの靴事業は、売上高が704億円(同5.4%減)、営業損益は33億円の赤字(前年同期は33億円の赤字)。その差はダブルスコア(国内売上高1697億円)以上に開いてしまっている。
1936年創業のチヨダと、後発組(85年設立)だったエービーシー・マートで、売上高の差をつけたものは一体何だったのだろうか。筆者が考える一番大きな要因は、NB(ナショナル・ブランド)の取り込み戦略があったかどうかだと考える。
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アパレル以上に強い「ブランドイメージ」
エービーシー・マートは、94、95年に「VANS(ヴァンズ)」「HAWKINS(ホーキンス)」の国内商標権使用の契約を締結。この戦略は、知名度のないPB(プライベート・ブランド)を一から商品開発しプロモーションするといった、認知までに時間のかかるやり方ではなく、ある程度知名度のあるブランドをPB化できたのがその後の成長を支えたのではないか。
シューズ業界は、アパレル以上にブランド力が強い印象を持つ。ドレスシューズにおいては、木型から作成するなど、「職人技術」を生かした高価格帯ブランドから、「防水」や「快適な履き心地」といった機能性を訴求するものまで、ブランドステータスも広い。その中で、生活者は長い時間履き続けても痛くならないシューズを探し、自分の足の形にフィットしたブランドが選ばれてきた。
スニーカーも、ブランドイメージが与える安心感は絶大だ。とある人気のスニーカーを例にとっても、「○○ブランドの○○モデル」と、機能やデザイン別に数字の入ったモデルが存在する。このようにシューズ業界は、ブランド×モデルの指定買いが多い業界だと考えられる。
こうしたNBへの圧倒的な支持基盤があってこその戦略的PBとなる訳で、エービーシー・マートの場合は、「国内商標権の使用ができたNB」と「それ以外のNB」という2タイプの品ぞろえを可能としたことが、伸長できた一つの要因だと思う。
以上の事例を踏まえ、話をワークマンシューズに戻す。オープン時点での商品数は62アイテム。品ぞろえは100%PBによる展開だ。「ワークマン」を一つのNBと捉え、ユニクロやジーユーで例えるならば「シューズ売り場がスピンアウトした」とのイメージに近い。
ただ、ユニクロやジーユーと違うのは、「ファイングリップシューズ」や「アクティブハイクシューズ」といった生活者の「あったら良かった」と思わせる機能目線と、アクティブレジャーの初心者向けに、手に取りやすい価格を実現させてヒットした商品を複数持っていることだ。
当然、ジーユーでも「マシュマロパンプス」といった、キャッチーなネーミングセンスと機能アピール訴求の上手さでヒットしたシューズはある。ただ、ファッションウェアとのコーディネート商品としての色合いが濃く、価格を含め、シューズ単体での価値観は、ワークマンが取り扱うシューズと少し異なっているように思う。
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「同じ土俵にいる有力専門店はありません」
さて、NB信望の強いシューズ業界において、ワークマンは、安心して履けるブランドとしての支持を集められるか。今までワークマンのシューズを購入した人達は、同社が提供する品質と価格に新たな価値観を見いだした人や、既存のNBブランドにこだわらない人。あるいは普段履きとよそ行きのシューズを分けて購入する人達だろう。
ワークマンシューズでは、フォーマルシューズは扱わず、カジュアル、スポーツ、アウトドアに絞り込んだ品ぞろえで展開している。
なんばCITY店でプッシュしている商品は、女性用の「アクティブパンプス」(2480円)。店舗の正面に#ワークマン女子があることから、同店の売り上げの2割はパンプスが占めると予想している。女性用ウェアの購入客からコーディネート可能なパンプスを求める声が多かったことが開発のきっかけだという。売り場には女性用のタウンウェアを並べ、コーディネートも提案している。
同社は、ワークマンシューズの出店を発表したプレスリリースで、「当社の一般靴はPB主体/高機能/低価格が特徴で、同じ土俵にいる有力専門店はありません」と強みを説明。その上で、「女性用の機能性ウェアよりも競合が少ないブルーオーシャン市場」だとしている。
100%PBによる品ぞろえを目指すワークマンシューズは、さまざまなブランドの商品を集めた店舗ではなく、大手ブランドのシューズ専門店と近い店舗だ。ドレスシューズ専門店などはあるが、単一ブランドのスニーカーのみを扱う専門店は極めて少ない。
その理由は、「シューズ」だけでブランドの世界観を表現する難しさと、来店頻度が多く見込めないことが要因だろう。大手スポーツブランドも、ウェアと合わせたトータルコーディネートの提案がほとんど。ユニクロも、09年に靴事業「ユニクロシューズ」を発表し、10年からは靴専門店「キャンディッシュ」に継承していたが、11年8月までに全てクローズしている。その後のシューズ販売は、ユニクロ店舗内で展開している形だ。
シューズ専門店に行く動機は、特定のファンを除いて明確に「○○用の靴を買う」といった目的をもって訪れる場面が多い。ウェアに比べ「ふらっと立ち寄って買う」といった衝動買いは少なく、来店頻度も多くは見込めない。その辺りに単一ブランドによるシューズ専門店の運営の難しさがあるのではないかと思う。
なんばCITY店のように、ウェアとシューズ専門店が併設する形であれば同時購入も可能だ。ただ単独店として展開を始めた場合はどうだろうか。シューズの複数買いは考えにくく、専門店として、ワークマンのブランド力と、高機能、低価格を武器に生活者の支持を集め、客単価や客数を確保できるのかが試される。
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市場は「横ばい」支出額はコロナ禍で「激減」
そもそも日本の履物市場は18年時点で1兆3680億円(矢野経済研究所調べ)と、過去十数年横ばい傾向にある。総務省がまとめた家計調査によると、2人以上の世帯の履物類消費支出は、2000年の2万1811円から、03年には1万9047円にまで減少。しばらく横ばいを続けた後、14年に再び2万0397円を記録。そして直近では1万4823円と大きく支出額を減らしている。
履物類の支出額が減少した03年は、イラク戦争が始まり、株価も為替も大きく変動した年だ。3月に1ドル121.86円だった為替は、12月には1ドル106円まで円高が進んだ。振り返れば、現在まで長引くデフレ経済の入り口だったような気がする。
その回復の兆しが見えたのが14年。消費税が3%引き上げられて8%となり、増税前の駆け込み需要も話題となった。また、日本のデフレ経済と円安も手伝って、外国人観光客が1341万人となり、インバウンド産業が盛り上がっていた時期だ。
ここ2年の減額は、明らかにコロナ禍によるもの。旅行やオフィス出勤といった外出機会の減少が大きく影響したのだろう。21年の年間支出額である1万4823円は、14年比から見ると5574円のマイナス。2人以上の世帯数全体では、総額1億7千万円もの支出額の減少と履物業界へのインパクトは大きかったと推察できる。
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ようやくここに来て、行動制限が掛からない連休も過ごせるようになった。出勤、会食と外出の機会も増え、生活者の行動パターンの変化とともにアパレル商品の売れ筋も変わってきた。しかし、2年間の行動自粛は“生活習慣”として色濃く残っている。この現状を考えれば、元の社会に戻るには多くの時間を要するはずだ。また、ウクライナ紛争を始めとしたインフレ圧力も消費には影響してこよう。
ワークマンシューズは、なんばCITY店を皮切りに、6月には東京・池袋に2号店を出店する予定だ。取り扱い製品アイテム数が現状の62アイテムから150アイテムに増えた段階で、路面店の出店も計画している。店舗数は、路面店の出店から10年で200店舗にまで増やし、売上高300億円、ワークマン全体でのシューズの売り上げは600億円を目標にしている。
エービーシー・マート一強のシューズ業界で、新たな起爆剤としてどんな化学反応が起きるのか――。個人消費が伸び悩む中で、新たな消費喚起のきっかけになって欲しいと願うばかりだ。
著者プロフィール
磯部孝(いそべ たかし/ファッションビジネス・コンサルタント)
1967年生まれ。1988年広島会計学院卒業後、ベビー製造卸メーカー、国内アパレル会社にて衣料品の企画、生産、営業の実務を経験。
2003年ココベイ株式会社にて、大手流通チェーンや、ブランド、商社、大手アパレルメーカー向けにコンサルティングを手掛ける。
2009年上海進出を機に上海ココベイの業務と兼任、国内外に業務を広げた。(上海ココベイは現在は閉鎖)
2020年ココベイ株式会社の代表取締役社長に就任。現在は、講談社のWebマガジン『マネー現代』などで特集記事などを執筆。
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