新型コロナウィルスの感染拡大をニュースを見ていて「モヤモヤ」している人が多いことと思う。
「ひょっとして日本の政府(政治家や行政も含めて)はダメなのではないのか?」
クルーズ船での対策を見ても、陰性とされて下船した乗客の感染が確認されたり、発症したりするケースが次々に発覚して、そんな疑念も膨らんでしまう。
こういう緊急時にこそ、人びとが頼るべきなのは報道機関だ。緊急対応に追われる政府にも間違っている点があるのではないかと批判的に見る視点だ。ともすれば、こういう緊急時になってくると政府が発表する方針などを是認するだけで内容の詳細を解説するニュースが多くなっていく。他方で、そうした政府方針そのものを批判的に捉える報道は姿を消しがちだ。
新型コロナウィルス感染をめぐる報道ではどの報道機関がいちばん信頼できるのか?
テレビ局であればどの局のどの番組が信頼できるのか?
そういう時に「番組を評価する尺度」になるのが「誰を専門家として呼んでいるのか」だ。
かつて、テレビ局は2011年の東日本大震災にともなって起きた原発事故で、局の中に専門記者があまりいない現状や信頼できる専門家をふだんからどのように確保するかの大切さを痛感したはずだ。
今、テレビや新聞などの報道機関の記者や番組制作者にとっては新型コロナウィルス感染拡大の報道にあたって、「信頼できる専門家」をどうやって確保するかが痛切な課題になっているはずだ。ふだん報道機関の記者たち自身は「基本的になんでも屋」である一方で、あまり専門知識がある集団ではないからだ。
日本政府が新型コロナウィルス感染拡大を防ぐための「基本方針」を公表した2月25日(火)の夜。各テレビ局の看板ニュース番組がスタジオの解説の専門家として誰を呼んで、どのように解説させたのかを見ていこう。あらかじめお伝えしておくとTBSの「NEWS23」の報道が他局に比べると抜群によかったのである。
それと比べると、「NEWS23」以外の番組はどこも同じような内容だった。
NHK「ニュースウォッチ9」押谷仁・東北大学大学院教授(WHOでSARSなどの感染症封じ込めを指揮。政府の基本方針について助言する専門家会議のメンバー)
番組では基本的に政府の基本方針を解説した。政府の危機感を追認して視聴者向けに解説するような内容だった。
日本テレビ「news.zero」松本哲哉・国際医療福祉大学主任教授(感染学が専門)
番組では政府の基本方針について解説し、どういう場所が感染リスクが高いかなどを基本方針に沿って解説をした。
テレビ朝日「報道ステーション」二木芳人・昭和大学医学部特任教授(感染症診療部門の科長も務める日本感染症学会感染症専門医)
番組では基本的に政府の基本方針を解説した。政府の危機感を視聴者向けに解説するような内容だった。
ちなみにフジテレビの夜ニュースは感染症の専門家をスタジオに呼ぶこともしていないので割愛する。またテレビ東京の夜のニュースは経済への影響という観点での報道だったのでこれも割愛する。
TBS「NEWS23」上昌広・医療ガバナンス研究所理事長(都立駒込病院、虎の門病院などで勤務。元東京大学医科学研究所特任教授)
「NEWS23」は「なぜ検査できない?」という切り口で、新型コロナウィルスの現状を深掘りしていた。
(クリニック医師)
「軽症の方は風邪と見分けがつかないのが実際のところ」
(別のクリニック医師)
「今は疑いがあるケースでも検査が十分にできない。『一回入院して様子を見てください。酸素をつけなくてはならない重症肺炎での検査ができない』という話でした」
「NEWS23」では、こうした現場の医師たちの声を踏まえた上で、日本政府が先週の国会答弁で「民間の検査会社や大学などに依頼し、
1日あたり3830件の検査が可能
だと発表した」ことを伝えた。
ところが番組が厚生労働省のホームページの数字をグラフ化してみると、1日あたりの検査(PCR検査)の実施数(チャーター便・クルーズ船を除いて)については
1日あたり9件から96件の検査が実施された
という。
25日の予算委員会でも、野党側からも検査件数の少なさが指摘されていた。
質問した山井和則衆議院議員が「驚きの数字ですよ」「てっきり1日3000件くらいPCR検査がされると思っていた」と追及すると、加藤厚労相は「全体の検査件数は把握しきれていない」と答弁した。
TBSが東京都の担当者に取材すると「東京都が行ったPCR検査の実施件数はこれまでに375件。すべて国に伝えている」。
和歌山県も23日までに670人を対象に検査を実施。国にすべて報告していると回答した。
一方、韓国では屋外検査場を全国に492カ所設置して電話相談での聞き取りで感染が疑われる場合には検査を受けることができるのだという。
韓国では2月18日の1054人から日に日に増加し、2月25日だけでも
1日で7548件の検査が実施された
という。
韓国では25日の時点で民間を含めて79機関で検査を行っていて、
3月には100機関で1日1万件の検査
に拡大するという。
こうしたVTRを受けて、スタジオでは医療ガバナンス研究所の上昌広(かみ・まさひろ)理事長が解説した。
小川彩佳キャスターは検査の数をめぐる日韓の差について
「1日あたり100件が最大の日本のグラフと1万人が最大の韓国のグラフは”桁違い”」
と表現して、韓国の累計検査数が(25日16時時点で)40304件なのに対して、日本の累計検査数が913件(厚労省は一部、地方の数字が反映されていないと説明)というのをどう考えるべきか上理事長の見解を聞いた。
上昌広・医療ガバナンス研究所理事長「異様な少なさ」
そんな衝撃的な言葉が返ってきた。
(上昌広・医療ガバナンス研究所理事長)
「PCR検査というのは古い検査で実は非常に簡単。ウィルス感染を診断するのに必須の検査でもある。韓国と比べてここまで少ないというのは何かウラがあるというのか・・・。厚生労働省がよほど(検査を)やりたくないのだなあと。そういうニュアンスを感じます。」
上理事長は、PCR検査は古くて簡単な検査で「1件やるのも100件やるのも一緒」「日本だと民間会社がふつうにやっている」とも説明する。
「民間の検査会社は国内に約100社あって、全体で900くらいラボを持っている。その1つで100個検査をすると、1日で9万件、(検査が)できる。本当にプロの人たちなので精度の管理もしっかりしている。そういうところに頼めば本当に簡単に検査ができる。それがなぜしないのか。やはり特殊な事情があるのだと思います。」
(小川彩佳キャスター)
「特殊な事情というのはたとえばどういうことが考えられるのでしょう?」
(上昌広理事長)
「やっぱり厚生労働省は、内部機関の国立感染症研究所というのと一緒にやるんです。この感染研がやっぱり『自分たちでやりたい』『自前でやりたい』という意識が強いと思うんです。自分たちで検査を開発する・・・その予算もついてました。こういうのを聞くと、海外であるような検査、これすぐに開発したんですよ。外資の企業が・・・。」
上理事長のコメントは静かな怒りをともなっていた。
医療従事者として、国民の命を救うという観点に立った場合、当然ともいえる怒りだった。上理事長は言葉を続けた。
「すぐ導入して、すぐ始めたらできるのを、あえてやらなかった。そういう可能性すらあると思います。」
厚生労働省という1つの官庁の”省益”が背景にあるのではないかという見立てだ。
責任ある医療関係者として、こうした発言をテレビですることは非常に勇気の要る、覚悟の上のことだったのに違いない。
この後での小川キャスターと上理事長とのやりとりは数あるニュース番組の中でも特筆に値するものだった。
少なくともNHKや民放含めて他のニュース番組でも、あるいは新聞社でさえもこの問題を深彫りした報道はまだ見ていない。
(小川彩佳キャスター)
「それでなかなか試薬が足りないということを言っていた?」
(上昌広理事長)
「中国の場合は、スイスの製薬企業が即座に検査に入っていて無償で(試薬を)提供したんですね。それを使ってやっています。だから大量に検査ができた。これを導入せずに自前主義に力を入れたと。ここに問題があると思います。」
(小川彩佳キャスター)
「自前主義というのはどうしてそういうことになるのですか?」
(上昌広理事長)
「どうしてなんでしょうね? 私は一つは予算の問題と、もう一つは感染者を多く見せたくないんじゃないかというウラがあるような気がします。」
(小川彩佳キャスター)
「患者さんにちゃんと向き合おうとすることにはならないわけですよね?」
(上昌広理事長)
「そうです。とにかくウィルスの診断はPCRしかできないわけです。で、早く検査して、早く診断して、早く治療しないと手遅れになるんですよ。何人かもう亡くなっておられる。そのためにも検査は必須ですから。とにかく手軽に、誰にでも検査ができる体制にすることが大切です。」
この後で「NEWS23」ではこの日に発表された「政府の基本方針」について、ボードで説明しながら進行した。
特にキャスターの小川が「PCR検査について現在は『医師が認めるPCR検査を実施する』だったのが、今後は『入院を要する肺炎患者の確定診断のためのPCR検査に移行』する」と説明してから、「これはどういうことでしょう?」と上理事長にコメントを求めた。
その際の上理事長の言葉が衝撃的だった。
(上昌広理事長)「これはもうメチャクチャですね」
「なぜかと言いますと、高齢の持病をもった方で亡くなっていますよね? 弱い患者さんがわかっている。そういう人には早く診断して、早く治療しないといけない。最近になって、効く薬がわかってきていますよね。どうしてこんなに入院を要する肺炎まで待たなきゃいけないのか。これはもう医療倫理にかかわる問題だと思います。ちょっと私は常識ではありえないと思います。」
(小川彩佳キャスター)
「それから(健康)保険が適用されないのかどうかという問題もありますね?」
(上昌広理事長)
「そうです。保険が適用されると実はどこのクリニックでも(検査が)できるようになるんです。検査を医者に出せば、われわれ臨床医も非常に楽です。一方、軽い症状の患者さんもわかるんですね。軽い症状の若い人がふだん通り働いて周囲に(ウィルスを)まき散らすわけですから、そういう方々に正確に診断することは本当にとても大切なんですね。」
上理事長はこう言った後でスタジオの「政府の基本方針」=(今後は)入院を要する肺炎患者の確定診断のためのPCR検査に移行、というボードを手で示して断言した。
(上昌広理事長)「それがこのルールだとできないです」
一人の医師が自分の問題意識をテレビというメディアで表明した報道だった。
かつて起きた戦争でも経済政策でも環境政策でも原発政策でも、私たちが日々メディアを通して得ている情報は、それが専門的な見地から見た場合に正しいものなのかどうか、その時点ではよく分からないことは多い。だからこそ、政府が出した「基本方針」に対しても異を唱える専門家がいるのなら、それを丁寧に報道していく必要がある。
政府が緊迫感をもって発表する政策にも疑いをもつことは緊急時のニュースのウラを考えるという意味では大事なことだ。空気を読まない。忖度しない。大勢に流されない。それにはそれなりの覚悟も求められる。
そんな覚悟のある専門家が登場した、覚悟を感じさせる秀逸な報道だった。
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February 27, 2020 at 09:24AM
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「検査が遅いのは厚労省側のウラが?」新型コロナ対策で「NEWS23」上昌広さんの辛口解説を聞け!(水島宏明) - Yahoo!ニュース - Yahoo!ニュース
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