靴に足を合わせるのではなく、「靴を足に合わせている」人はどれだけいるでしょうか。デザインや価格で選んで、靴擦れができたり、そこまでいかなくても帰って靴を脱ぐとほっとするならそれは疲れる靴だといえるでしょう。履き心地を優先させてますという人でも、本当に自分に合う靴の感覚を知っているのでしょうか。
自分を支える土台である靴を私はちゃんと選べている? と思わせてくれるのが、若き女性靴職人が主人公の『靴の向くまま』です。
両親を亡くして5年、靴職人だった母親の工房を継いだ歩純結彩(ほずみ・ゆあ)。「いい靴はいい場所に連れていってくれる」という母の言葉と、母が作ってくれた靴を履いた時の気持ちよさを胸に、未熟ながらも靴職人としての一歩を踏み出そうとしています。
彼女の最初のお客さんは、女子高生・ほたる。
靴に関する知識を私たちはよく知らない
ローファーのソールが剥がれているのを見た結彩は、なぜそうなったのかを丁寧に説明してくれます。
こんなふうに結彩が靴に関する知識を語ってくれるシーンが多いのですが、自分が靴のことをあまりわかっていなくて無頓着だったことに気づきます。毎日履くものなのに!
たとえば、注文靴の種類について。フルオーダーを「ビスポーク」と呼ぶのは聞いたことはあるのですが、意味までは知りませんでした。
指紋と同じくらい、注文靴は人によって全然違う形になる。だからこそ、職人がお客さんと対話をしながら、その人がどんな人なのかを知り作ってゆくのが重要なのです。
そうしてまず作るのが木型「ラスト」。
職人が最初に作るものでありながら、靴の良し悪しに最終的に影響を及ぼすもの「ラスト」である⋯⋯詩的な表現です。
靴で前向きに進めた結彩
靴作りに実直に向き合う結彩は昔、人と話すのがこわくて学校に行きたくなかったことがありました。彼女がまた学校に通えるようになったのは、母親が作ってくれた手作りの靴がきっかけでした。
かつての自分のように、誰かが前向きに進めるようになる靴を作りたい。それが、彼女の靴を作る原動力なのです。
でも、母親を思い出している時はなんとなく孤独や寂しさを纏っています。彼女が心から癒される日は来るのでしょうか。
もしかしたら、靴職人になった今の自分にぴったり合う靴を作る日なのかも? と勝手に妄想⋯⋯。
自分に合わせるファッションの時代に「しっくり」を
最近のファッション業界で気になるのは、パーソナルカラーや骨格診断など服を自分に合わせる傾向が強くなってきたこと。洋服ほどではないですが靴も、自分の足に合わせるという考え方が以前より広まってきた感じがしています。でも、パーソナルカラーや骨格診断は「他人から見て自分と服が調和しているか」がメインですが、注文靴は「自分の心地よさを重視する=しっくりくるかどうか」がメインで、ちょっと違いがある気がします。
注文靴って、究極の自分軸100%ファッションなのかもしれません。
痛くならないだけでなく、自分の足に吸いつくような履き心地の靴って、履いたことがあっただろうか?
自分の足にぴったり合う靴を作ることは、自分を支える土台に、自分の人生を歩むためにお金をかけること。そんなお金のかけ方をしてみたいなと感じました。
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<作品紹介>
『靴の向くまま』
みやび あきの (著)
「いい靴はいい場所に連れていってくれる」――靴職人だった亡き母に教わった言葉を胸に、工房を継いだ歩純結彩。“履き主がいい場所に行けるように”とおまじないをかけながら作られる結彩の靴は、今日も誰かの一歩をやさしく包んでいく――。まだ未熟、されどあたたかい靴職人の物語。
構成/大槻由実子
編集/坂口彩
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