
ぼくと時間はちょっとした因縁関係にあるみたいである。ぼくは大学時代からヒッピーだったので、時間に縛られるような人生は絶対に歩みたくないと思っていた。大学4年の時に作成した「人生でやりたくないことのリスト」には、サラリーマンになりたくない、とか、名刺を持ちたくないとか、ネクタイを着けたくないとか、満員電車に毎朝、乗りたくない、といった項目の中に、腕時計を持ちたくない、というのもあった。
出来ることなら社会の枠の外で、自分のペースで、時間に縛られたり追われたりすることなく、サバイブしていきたいと思った。理想は、日本を飛び出して旅に出て、ギリシャのエーゲ海に浮かぶどこかの島にでも落ち着いて、そこで作家として小説を書いて何とかやっていくことだった。
⻑い話を短くすると、ぼくはプラン通りに大学を卒業すると共に旅に出て、目的地としていたエーゲ海に浮かぶ島には辿り着かなかったけれど、オーストラリアのシドニーに落ち着き、そこで16年暮らした後、帰国し、今に至っている。書店や画廊のオーナーから映画の脚本家、字幕翻訳家、ラジオのDJ、そして物書きと、何とか今まで、組織に所属することなく、フリーでやってきた。嫌いなネクタイも、冠婚葬祭用に何本か持っているだけ。日本に帰国してからも、何とか満員電車に乗らずに済んでいる。
でも、時間に追われたり縛られたりしない人生を送るなんていう⻘臭い概念はとうの昔に捨てた。人間である限り、よっぽど世捨て人になって、洞穴にでも一人で暮らさない限り、そんな人生はありえない。店をやっていた時は常に時間に追われていたし、字幕翻訳は時間の制約の中での勝負だし、物書きの仕事には締め切りがある。ラジオの仕事は時間との戦いそのものである。
当たり前のことだけど、社会の中で生きている限り、時間というものの縛りから逃れることはできない。自由というものは、もっと別の次元の、心の持ち方の問題。制約やルールだらけの社会の中で、いかに軽やかな足取りとオープンな心で歩んでいけるか、これこそが現世に生きる我々のテーマであり、勝負どころなのだ。そういうことが歳を重ねるとともに分かってきた。
腕時計も色々と所有してきた。ネクタイと違い、腕時計はデザイン的に嫌いではないし、装飾品としても好きだ。⻑い間、MOMAをはじめ、ミュージアム・ショップなどで売られているカラフルでファンキーな腕時計を集め、服の色とコーディネートして使い分けていた。でも、最近では、技術的にも機能的にも最先端の腕時計を好んで使うようになった。
ぼくは今、「Otona no Radio ALEXANDRIA」という、2時間のラジオの生番組をInter FMでナビゲートしている。生番組は放送中にリスナーの声をメールやTwitterで聞くことが出来るし、その場の勝負なのでやっていて楽しいし、やりがいがある。でも、その分、大変なところもある。時間との勝負だからだ。
「曲紹介は10秒内でお願いします……」「ゲストとのトークは11:26:30までに締めてください……」「ウェザー・リポートは1分ちょうどでやってください」「メッセージは⻑いのを一つに短いのを一つ、読めるぐらいかな」
こんな感じで2時間、時間に追われながらなるべく楽しくて刺激的な番組を創り上げていく。今年の4月からこれを毎日、月曜日から金曜日までやっている。初めのうちは番組が終わると、洗濯機の中で2時間、回され続けた後に外に放り出されたような眩暈と疲労と脱力感を感じた。でも、今はすっかり慣れ、番組を楽しめるようになった。
勝負は、この時間の制約の中、如何に楽しく遊べるか、である。でも、こういう仕事をしていると、休みには時間から解放されたくなる。今はコロナ禍で海外へは行けないないが、もし行けるようになったら、ぼくはまずどこか、のんびりとした南の島へ行ってみたいと思っている。イギリスの小説家であり、劇作家であり、エッセイストであったJ.B.プリーストリーはこんな言葉を残している。
「良い休日とは、自分よりも時間の概念があやふやな人々と時を過ごすことである」
彼の言う通りだと思う。そんなところへ行って、時間から少しの間でいいから、解放されたい。朝は起きたい時に起き、一日中、ホテルのプールサイドで本を読んだり、居眠りをしたり。
気が向いたら町や村や自然の中をのんびりと歩き、腹が減ったら気に入ったローカルのレストランで食事をする。出来ることなら腕時計を外し、新聞も読まず、携帯もいじらず、海や川や風の音、鳥や蛙や虫の鳴き声に耳を傾け、酒を飲み、ボーッとし、眠くなったら寝る。そして、夕暮れ時の村の道を歩きながら、人々に、意味もなくニカっと微笑んでいる自分を発見する。
こういう休日を過ごすと、帰って来る時には、前よりも少しだけ、優しい人間になったような気がする。そして帰国して、また腕時計をつける時は、よりシャキッとした、集中力のある自分になっている。
「旅と時間」 | GQ JAPAN - GQ Japan
Read More
Bagikan Berita Ini
0 Response to "「旅と時間」 | GQ JAPAN - GQ Japan"
Post a Comment