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その2、「公正な競争のためのルール」問題の続き
欧州連合(EU)とイギリスの最大の問題、「公正な競争のためのルールの問題」の続きである。
【1】の記事で「国家の援助、環境、労働法、財政の透明性など。協議開始以来、EUは、本質的に避けられないと思われる乖離を、フレーム化(枠組み化)するメカニズムを模索してきた」と書いた。
これは、イギリス側が主権を主張して譲らないので、EU側がひねりだした方策と言ってもいいのではないか。
確かに進展は見られたが、ここ数日ロンドンが検討している取り決めは、ヨーロッパ人の期待とはかけ離れたものだったという。
EUは、時間をかけて基準を改善するために、「進化の条項(CLAUSE D'EVOLUTION)」の導入を求めている。競争のルールを平準に保つのをすべて確認しながら改善するのだという。
それでも、ここ数日で議論された手段の中で、それぞれの側でアップグレード版を提案することができたようだ。これから相互に合意が成されなければならない。
中でも、国の補助金については、特にEU側が心配している問題の一つだ。
ここではEUは「協議メカニズム」を検討しているという。
それぞれの側が補助金の計画を、相手側に知らせるというメカニズムだ。基準で不一致が生じた場合には、即時の一方的な対抗措置に頼ることができるようにしたいと考えている(例えば関税の再導入など)。
あとはイギリス側を説得するのみという。
3、ガバナンス(紛争発生の解決方法)
これが一番の難物に違いない。
イギリスとEUの間で問題や紛争が発生した場合には、どのような紛争解決機関が、どのようなメカニズムで対処すべきかという問題だ。
通常の貿易協定で行われる交渉だが、EUー英国は合意にはほど遠い。
9月の時点で、英国商工会議所は「移行期間終了後、EUの主体と紛争になった時、どのような紛争解決や救済措置が利用できるのか」について、「まったく情報がない」と評価したという。
それでは通常の貿易協定ではどのような紛争解決機関を設けているのか。
多種多様なのだが、主に3つの型があるという。
1)「仲裁型」。案件ごとにパネルが設置される。このパネルは、選任された仲裁人によって構成される。
2)「理事会型」。協定の締約国の政府の代表者から構成される機関(Council, Commission等) によって行われる。
3)「ハイブリット型・中間型」。まずは理事会型で審議を行い、それでも解決しなければ、仲裁型を採用するというものだ。
ところが、である。EUには「欧州司法裁判所(EUの最高司法機関)」というものがあるのだ。裁判所といっても、もちろん仲裁廷の機能もある。
ヨーロッパ側は、特に欧州法に関連するすべての事項について、同裁判所が果たすべき正当な役割があると考えている。
しかし、イギリス側は、とにかく「欧州司法裁判所」という言葉を聞くのも嫌がっている。ほとんど政党や裁判官と見なしているという。
今までの経緯で、イギリスはこの裁判所を、ほとんど敵視しているように感じる。まるでイギリス主権の敵であるかのように。イギリスにとって、同裁判所の裁判官の権限の下に、何らかの形で残りながらEUを離脱するなど、問題外なのだ。
特にイギリスは、漁業に紛争解決メカニズムを適用することを拒否している。
一方EUは、ある分野(例:漁業)での協定違反の可能性がある場合には、別の分野(例:エネルギー)での補償が可能となるような、グローバル・ガバナンス協定を望んでいる。
この問題は、超難物である。
フランスの日経新聞「Les Echos」の記者は、「欧州はバラストを手放すべきだ」と書いている。バラストとは、船で安定性などのために積み込む重しのことだ。
欧州委員会は、将来の合意の中で「欧州司法裁判所」や「共同体法」への言及を避ける道筋の可能性を検討することになっている。
これは解決にはなっているのだろうか。
「合意なし」の可能性はあるか
完全に回避されたわけではない。まだ可能性はある。
しかし、なんらかの合意には至るのではないか。
マイケル・ゴーブ英内閣府担当相は、5年に及ぶブレグジット危機の悪夢のフィナーレとして、「合意なし」になる可能性があると、12月1日にITVのグッドモーニング・ブリテンで述べたという。
その一方で、「確かに我々は、交渉の結果を得ることができないかもしれません。だから重要なビジネスは、すべての可能性に備えて準備する必要があるのです。しかし、私は非常に合意を望んでおり、確保することができると信じています」と語った。
実際、ジョンソン首相の態度は最近大きく変わり、以前のような元気の良さがないと言われている。離脱キャンペーンの主導的な戦略家、上級顧問のカミングス氏の進退が騒がれたころからだそうだ(氏は11月13日に首相官邸を去った)。
新型コロナウイルス問題で、保守党内部の争いが激化したと言われているが、おそらく反ジョンソン派や親EU派の逆襲となっているのだろう。
同じような時期に、ジョンソン政権の方針は、二度にわたって貴族院に却下された。
さらに、バイデン次期大統領の登場のために、イギリスに好意的なアメリカとの貿易協定を結ぶ見込みが薄くなっている。これでイギリス人の「ヨーロッパとの合意がなくても、アメリカと良い協定が結べるのなら」という希望に暗雲がたちこめたのだ。
参考記事(筆者執筆):
イギリスで「連合王国」解体の危機が起こっていた。「国内市場法」の波紋。
バイデン当選で窮地のジョンソン英首相と「追い風」と喜ぶEU。
もし「合意なし」となったら?
もし「合意なし」となったら、どうなるのだろうか。
通商関係はWTOルールに基づく「オーストラリア型」になり、 英国・EU間で関税、数量割当などが発生する。サービス業では、英国・EU間で資格・免許の相互認証が認められないなどの問題が発生するという。
誤解をしている人たちがいるが、「合意なし」というのは、両者の間にまったく何もないという意味ではない。
いかに膨大な量の内容を協議してきたか、以下で少し見ていただきたい。
両者は分科会をつくって交渉してきた。ここではEUとイギリスの官僚たちが交渉をしている。
分科会は、以下のとおり11に分かれている。
1 物品貿易
2 サービス貿易、投資、その他の事項
3 公正な競争のためのレベル・プレイイング・フィールド
4 運輸
5 エネルギー、民間原子力協力
6 漁業
7 移動、社会保障協調
8 刑事事件に係る法の執行と司法協力
9 主題別協力
10 EUプログラムへの参画
11 水平的協調、ガバナンス
英国商工会議所は、人・資金・税・規制と契約履行・デジタル・貿易・国境の7分野で、28項目の評価をしているという。
また、JETRO(日本貿易振興機構)は、「移行期間終了後の制度変更」についてEU側とイギリス側にどのような変更があるのか対照表を作成している。
ここにあがっている項目は以下のとおり(日本企業のビジネスに関連がある分野と思われる)。
◎通関・物流
関税、航空、陸運、鉄道、VAT(消費税のようなもの)、通関手続き、拘束的関税情報
◎基準・認証
食品、化学品、データ保護、製品の認証(CEマーキング)、自動車型式認証、医薬品、フロンガス規制、気候変動政策
◎サービス・生活
VAT、金融、運転免許証、データローミング、パスポート
ーーいかにたくさんの項目を決定しなければならなかったか、伝わったと思う。
これらの中には、分科会の官僚の話し合いで、意見の一致を見て合意がとれているものも多いという。
だから「合意なし(No Deal)」という言葉が普通に使われているが、どうなのだろうと思うことは、ないわけでない。もちろん「FTA(自由貿易協定)を結ぶのに挫折して、FTAがない」という意味なのだが・・・。
今まで書いてきた問題は、すべて核心で大元の重要事項である。この根本で合意がなされなかった場合、細々と、あるいは様々に合意がとれていた項目にどの程度まで影響を及ぼすのか。正直言ってよくわからない。
例えば、原子力や航空、社会保障の分野などは、FTAが結ばれなくても別扱いのようになって、影響は限定的になる可能性もあるのではないか。
これは「そもそもFTAとはどの範囲まで入れるのか」という問題でもある。これも最初から双方の主張で違いがあったし、話し合う過程で変化が生じた面も見られると思う。
また、ビジネスとは異なる一般市民レベルでは、関心のあり方が異なると感じる。
「今までイギリスが参加していた××プログラムは、どうなるのか」、「(イギリスでは)EUの補助金もらっていたこの団体(プログラム)は、今後どうなるのか」、「事務所は閉鎖するのか」、「イギリス人、またはEU市民スタッフは今後解雇することになるのだろうか」、「これから留学はどうなるのか」、「携帯電話は今までどおり使えるのか」、「移動時にパスポートが必要なのか(今までは各国発行の国内向け身分証明書で大丈夫だった)」といった疑問のほうが強いだろう。
(ちなみにこれらの中には合意がとれていて、交渉の結論に関係なく実行されそうなものもある)。
今後の日程
もしなんらかの合意に至った場合、EUと英国の双方の議会で、承認されなければならない。
EU側は、12月14日から17日が今年最後の欧州議会本会議だ。その前に、翻訳の作業等も入ってくる。
議会の前に、欧州理事会(EU首脳会議)での承諾が必要になるだろう。これは12月10-11日が予定されている。
イギリス側は「議決には21日あれば良い」と言っているようで、となると逆算して12月10日となる。
これらのことから考えて、今週中には合意がないと難しく、どんなに延びても週明け月曜日の7日か、8日は厳しいのではないか。
2016年6月23日にイギリスで国民投票が行われてから、およそ4年半が経った。当初の主役、メイ首相もユンケル委員長も、もう一線を退いている。
長かった。いよいよ今度こそ本当に、なんらかの結論が出ようとしているのだ。
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December 03, 2020 at 12:39PM
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