
今年の8月15日、ある映画を見た。ドキュメンタリー「東京裁判」デジタル修正版。
日本を太平洋戦争に導いたA級戦犯が被告の「極東国際軍事裁判」の全貌を描く、4時間半余の大作だ。学生時代に見たモノクロ版に比べ映像は鮮明で迫力があった。
特別上映ということで割高な料金だったが、映画館内はコロナ禍対策で間隔を空けることもあり満席。私の席は補助の椅子だった。
東京裁判にはさまざまな批判がある。事後的に定めた「平和に対する罪」などで裁くことに正当性はあるのか、戦勝国による一方的な制裁ではないのか…。日本人の歴史認識が揺れる要因でもある。
ただ戦後日本は東京裁判の「判決を受諾する」ことで国際社会に復帰できた。東京裁判とは何かを学ぶことは、今を考えることでもある。だからこそ終戦の日に、この映画の特別上映があり、多くの人が足を運んだのだろう。
終戦の日や広島、長崎の原爆の日もある8月は毎年、戦争に関する報道が集中する。「8月ジャーナリズム」と呼ばれる。年に一度くらいそんな時季があってもよいはずだ。これが現場の多数意見だろう。私も、そうだった。
これと異なる視点がある。「8月」に加え「9月ジャーナリズム」を提唱しているのが佐藤卓己京都大教授だ。著書や最近のメディアでの発言を読み、共感を覚えている。
いわく、75年前の8月15日を終戦の日とみなすのは国際的には無理がある。米戦艦ミズーリで日本政府代表が降伏文書に調印した9月2日で終戦と考えるのが国際標準だ。米国とフランスの対日戦勝記念日はこの日。ロシアと中国の記念日は翌3日である。
日本人には昭和天皇の玉音放送が流れた8月15日に大きな意味がある。お盆の伝統とも重なり、戦没者の追悼行事が集中するようになった。
歴史を振り返ると、旧日本軍が停戦を命じられたのは8月16日で、15日は戦闘が継続していた。旧ソ連の北方領土侵攻は8月末に始まった。その後のシベリア抑留まで考えれば、8月15日で終戦というのは実態にもそぐわない。
そこで佐藤教授の提案。8月15日は現行通り戦争経験者や遺族の声に耳を傾け「戦没者を追悼する日」とし、9月2日を「平和を祈念する日」と定め、戦争責任や平和について考えようというものだ。
確かに8月は戦争犠牲者への心情が勝り、戦争加害者としての議論は容易ではない。もし9月に理性的な議論ができれば、東京裁判とは異なる日本人の「判決」も書けるのではないか。 (論説副委員長)
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September 02, 2020 at 09:00AM
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8・15から9・2へ 久保田正広 - 西日本新聞
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