カリフォルニア州フリーモントにある Neuralink 本社からオンラインでストリーミングされたカンファレンスの中で、Elon Musk 氏が出資する同社の科学者たちが進捗状況のアップデートを行った。今から1年以上前、ブレイン・マシン・インターフェースを作ることを目標に2016年に設立された Neuralink はそのビジョン、ソフトウェア、移植可能なハードウェア・プラットフォームを最初に明らかにした。この日議論されたことのほとんどは驚くべきものではなかったが、新型コロナウイルスの感染拡大が Neuralink の目標に向かって歩みを進めることを妨げていないことを明らかにしてくれた。
Neuralink のプロトタイプは、一度に多くのニューロンからリアルタイムの情報を抽出することができる、と Musk 氏はストリーミングで繰り返し述べた。ライブデモでは、豚の脳からの読み取った値が画面に表示された。豚が鼻で物体に触れると、Neuralink の技術(2ヶ月前に豚の脳に埋め込まれた)によって捕捉されたニューロンがテレビモニター上に視覚化された。それ自体は斬新ではないものの(Kernel や Paradromics など多くの企業も、頭蓋骨の中にある脳読み取りチップを開発している)、Neuralink はミシン式の手術ロボットを使って、組織に挿入された曲げ折り可能なセロハンのような導電性ワイヤーを活用してい点でユニークだ。Musk 氏によると、7月に「Breakthrough Device」の指定を受け、FDA(米国食品医薬品局)と協力して麻痺者を対象とした将来の臨床試験に取り組んでいるという。
Neuralink の共同創立者である Tim Hanson 氏と Philip Sabes 氏は、ともにカリフォルニア大学サンフランシスコ校出身で、カリフォルニア大学バークレー校教授の Michel Maharbiz 氏と共同でこの技術を開発した。Musk 氏はこの日デモしたバージョンを「V2」と呼んでおり、昨年発表されたものよりも改善されている。Musk 氏は、全身麻酔を使わずに1時間以内に人間の脳内に埋め込むことがいつか可能になると確信している。彼はまた、患者が Neuralink のアップグレードや使用中止を希望する場合は、簡単に除去することができ、永続的な損傷を残すこともない、とも語った。
V2
Neuralink はミシンのデザインに関し、サンフランシスコに拠点を置くクリエイティブデザインコンサルタント会社 Woke Studios と協業した。Woke は1年以上前に、Neuralinkが2019年に発表した耳の後ろに配置するコンセプトモデルで Neuralink と協業を始め、2社はその後まもなく手術用ロボットのために再提携した。
Woke のヘッドデザイナーである Afshin Mehin 氏は、このマシンで脳の全体を見ることができると VentureBeat に電子メールで語った。
デザインのプロセスは、Woke Studios のデザインチーム、Neuralink の技術者、手術そのものについてアドバイスを与えてくれる一流の外科コンサルタントとの緊密なコラボレーションだった、
我々の役割は、特に、手術を行うことができる既存の技術を活用し、医療アドバイザーからのアドバイスや、この種の機器の医療基準に照らし合わせて、脳移植を行うことができる、威圧感のないロボットを作成することだった。(Mehin 氏)
マシンは3つのパーツで構成されていル。自動化された手術器具と脳スキャンカメラとセンサーを収容する「マシン頭部」に患者の頭蓋骨を固定する。最初に装置が頭蓋骨の一部を取り除き、術後に元の位置に戻す。その後、コンピュータビジョンのアルゴリズムは、血管を避けながら、5ミクロンのワイヤーと絶縁体の束を含む針を脳内に6ミリ誘導する。(Neuralink によると、このマシンは技術的には任意の長さに穴を開けることができるそうだ)。これらのワイヤー(人間の髪の毛(4〜6μm)の直径の4分の1)は、異なる場所と深さで一連の電極にリンクする。最大容量では、マシンは毎分192個の電極を含む6つのスレッドを挿入することができる。
マシンの頭部の周りに磁石で取り付けられバッグは一回使い切りによって無菌性を維持し洗浄が可能、また内側のファサード取り付けられたウイングにより、挿入中に患者の頭蓋骨が所定の位置に保つ。マシンの「本体」は全体構造の重量を支えるべくベースに取り付けられているが、本体にはシステム動作を可能にする他の技術を内包している。
Mehin氏 は、プロトタイプが診療所や病院で使用されるかどうかについての質問には答えなかったが、このデザインが広範囲 での使用を意図したものであると指摘した。
エンジニアとして、我々は何が可能かを知っているし、設計の必要性をわかりやすく伝える方法を知っている。また、Neuralink のチームは、我々が実行可能で非常に複雑な回路図を送ることができる。我々は、これが研究室の外でも、あらゆる数の臨床環境でも通用する設計であると考えている。
Link
昨年 Neuralink が詳述したように、試験用に設計された最初の脳内インターフェース「N1(別名「Link 0.9」)には、ASIC(特定用途向け集積回路)、薄膜、密閉基板が含まれており、最大1,024個の電極と繋ぐことができる。最大10個の N1/Link インターフェースを脳半球に配置でき、最適の状態では、少なくとも4つの脳の運動野と1つの体性感覚野に配置することができる。
Musk 氏は、2019年に示されたコンセプトと比較して、インターフェースが劇的に簡素化されたと語った。もはや耳の後ろに置く必要はなく、大きなコインサイズ(幅23ミリ、厚さ8ミリ)になり、電極が必要とするすべての配線はデバイス本体の1センチ以内に収まった。
デモの間、チップをインプラントされた豚(名前は Gertrude)は、檻の中でハンドラーと戯れていた。その隣の檻には、別の豚が2頭いて、そのうちの1頭にはチップがインプラントされ後に除去された。3頭目の豚は比較対象のためのもので、チップはインプラントされ他ことがない。豚は硬膜と頭蓋骨の構造が人間に似ており、ランニングマシンの上を歩くように訓練することができ、その他の実験に役立つ活動を行うことができる、と Musk 氏は説明した。Neuralink がマウス、サルに続いて、3番目にインプラントを受ける動物として豚を選んだのはそういう理由からだ。
電極は、検出された神経パルスを、人間に埋め込まれた現在のシステムよりも約15倍優れた、最大1,536チャンネルの情報を読み取ることができるプロセッサに中継する。これは科学研究や医療用途の基準を満たしており、ベルギーの競合 Imec の技術「Neuropixels」よりも潜在的に優れており、何千もの別々の脳細胞から一度にデータを収集することができる。Musk 氏によると、Neuralink の商用システムは、96本のスレッドを介して1アレイあたり最大3,072個の電極を搭載する可能性があるという。
インターフェイスには、慣性計測センサー、圧力センサー、温度センサー、電磁誘導で充電可能な1日間持続可能なバッテリー、デジタルビットに変換される前に神経信号を増幅してフィルタリングするアナログピクセルが含まれている(Neuralink は、アナログピクセルは、既知の技術状態の少なくとも5倍の大きさであるという)。1つのアナログピクセルは、10ビットの分解能で毎秒2万サンプルの神経信号を捕捉することができ、その結果、記録された1,024チャンネルごとに200Mbpsの神経データを得られる。
信号が増幅されると、それらは、神経パルスの形状を直接的に特徴づけるオンチップのアナログ/デジタル変換器によって変換され、デジタル化される。Neuralink によると、N1/Linkが入力された神経データを計算するのにかかる時間はわずか900ナノ秒だという。
N1/Link は、皮膚越しに Bluetooth で最大10メートル離れたスマートフォンにペアリングされる。Neuralink によれば、インプラントは最終的にアプリで設定可能になるそうで、患者はボタンを制御し、コンピュータのキーボードやマウスにスマートフォンからの出力をリダイレクトすることができるようになるかもしれない。この日のカンファレンスで再生されたビデオの中で、N1/Link は 高精度 で豚の四肢の位置を予測するアルゴリズムに信号を供給する様子が映し出された。
Neuralink の高尚な目標の一つは、四肢麻痺者が毎分40語でタイピングできるようにすることだ。最終的には、Neuralink のシステムが、人間が人工知能ソフトウェアと連携することを可能にする、Musk 氏の言う「デジタル超知能(認知)層(digital super-intelligent [cognitive] layer)」を作るために使われることを彼は期待している。彼によれば、1つの N1/Link センサーで何百万ものニューロンに影響を与えたり、書き込んだりすることができるという。
潜在的な障害
高解像度のブレイン・マシン・インターフェース(BCI)は、予想通り複雑で、神経活動を読み取って、どのニューロン群がどのタスクを実行しているかを特定できなければならない。埋込型の電極はこれに適しているが、昔からハードウェア上の制約から、電極が脳の複数の領域に接触したり、干渉する瘢痕組織(治癒過程の組織)を生成したりする原因となっていた。
しかし、小さな生体適合性電極の出現により、傷跡を最小化し、細胞群を正確にターゲットできるようになった(耐久性については疑問が残るが)。そして以前と変わらないのは、それぞれの神経プロセスについての理解が不足していることである。
前頭前野や海馬などの脳領域で脳活動が分離されることは稀だ。その代わり、脳活動は脳のさまざまな領域にまたがって起こるので、部位特定が難しい。さらに、神経の電気的インパルスを機械で読める情報に変換するという問題があるが、研究者たちはまだ脳のエンコーディングを解明できていない。視覚中枢からのパルスは、音声を形成するときに発生するものとは異なり、信号の発生源を特定することが困難な場合もある。
また、Neuralink は、臨床試験のためのデバイスを承認すべく規制当局を説得する必要がある。ブレイン・コンピューター・インターフェースは医療機器とみなされ、FDA からのさらなる同意が必要で、これを得るには非常に手間がかかる可能性がある。
おそらくこれを見越してか、Neuralink はサンフランシスコに独自の動物実験施設を開設することに関心を示しており、同社は先月、電話やウェアラブルの経験を持つ候補者の求人情報を公開した。Neuralinkは2019年、動物の手術を19回行い、約87%の時間でワイヤーの配置に成功したと主張している。
これからの道のり
これらのハードルは、90人以上の従業員を擁し、Musk 氏からの少なくとも1億米ドルを含め、1億5,800万米ドルの資金援助を受けている Neuralink を落胆させてはいない。しかし、STAT News が「混沌とした社風」と題した記事が、この課題を悪化させている可能性がある。Neuralink のスポークスパーソンは、New York Post の問い合わせに対してこの記事に回答し、STAT の調査結果の多くは「部分的または完全に虚偽のもの」であると述べた。
Neuralink は、電極を挿入するには、最初は頭蓋骨に穴を開ける必要があると考えているが、近いうちにはレーザーを使用し、一連の小さな穴で骨に穴を開けることを期待している。
これは、一見するとそれほど遠い話ではないように思えるかもしれない。コロンビア大学の神経科学者は、脳波を認識可能な音声に変換することに成功した。カリフォルニア大学サンフランシスコ校のチームは、脳を利用して人間の発声をシミュレートできる仮想の声道を構築した。2016年には、脳インプラントによって、切断手術を受けた人が義手の指を自分の考えで動かせるようになった。また、実験的なインターフェースにより、サルが車いすを操作したり、頭の中だけで1分間に12文字を入力したりすることが可能になった。
私は、発売時には、この技術はおそらく……かなり高価なものになるだろうと思う。しかし、価格は急速に下がるだろう。
手術を含めて……価格を数千ドル程度に抑えたい。レーシック(目の手術)と同じようなことが可能になるはずだ(Musk 氏)
【via VentureBeat】 @VentureBeat
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