ニュースサイトで記事を読んで流行しそうな商品やサービスのことを知った時、「この会社の株を買ってみたい」と思ったことはないだろうか。その場合、ニュースサイトから証券会社のサイトに移動してログインし、企業名や銘柄コードで検索して……と購入(投資)までにいくつものステップが必要だ。
だがニュース記事から直接、株式投資できるWebサイトがある。SMBC日興証券のオウンドメディア「日興フロッギー」だ。「記事から株が買える投資サービス」をうたっているだけあって、記事から直接株式投資が可能。それも100円から買えるハードルの低さだ。
2020年3月、おりしもコロナウイルス感染拡大の影響で外出自粛やテレワークが叫ばれる中、NTTドコモのdポイントで株が買えるサービスも始めた日興フロッギー。サイトの狙いや同社のオンライン戦略について、SMBC日興証券ダイレクトチャネル事業部の丸山真志部長に訊いた。
記事から株が買える投資サービス。コンテンツを自前で作る理由
証券会社や銀行など金融機関がオウンドメディアを持ち、コンテンツマーケティングに活用することは珍しくない。狙いは投資家が集まる場をつくり、ファンを育て、口座開設や、さらなる投資につなげること。自社顧客である投資家・預金者に限らず、まだ口座を持っていない新規の顧客に向けて、記事などの読み物や動画などのコンテンツを制作する。内容はたいてい投資のコツや銘柄紹介、投資家インタビューや相場の解説などだ。
乱立する金融オウンドメディアの中でも、日興フロッギーはユニークな存在だ。冒頭で触れたとおり“記事から株を買える”からだ。株が買える記事にはカエルのマークが付いており、移動せずに投資できる。
2016年11月の開設時点では“FROGGY”という名前だった日興フロッギー。立ち上げの狙いについて丸山部長は、「マーケットへの入り口、投資への距離を縮めてもらうことだった」と話す。当初から取引機能をつける構想があったといい、理由を「投資を学び、実践していただき、さらに学んでいただくサイクルが必要だと思っているから」と解説する。
開設から3年余、コンテンツ数は今や1100を超えている。たとえば元将棋棋士で株主優待の達人として知られる桐谷広人さんのインタビューや、上場企業の社長に聞くシリーズ、投資をしている女性へ匿名インタビューする仮面投資女子シリーズなどがよく読まれているという。
記事はライターや編集のプロに外注かと思いきや、「コンテンツは基本的に一緒につくっている」という。制作会社のプロをアドバイザーとして招き入れつつ、毎週編集会議を開催。デジタルビジネス推進課10人のうち3人が、プロのライター・編集者と一緒に企画・制作・編集をしているという。
コンテンツが自前である理由について、「証券会社が届ける以上、コンテンツはいろいろな規制を受ける。外部のライターさんにすべてをお願いするより、そういうことが分かっている人間が企画から編集までしっかり関与したほうがいい」と説明。そして「主語は日興ですから」と付け加えた。その一言からは、大事な資金を投じるきっかけとなるコンテンツ制作の重要性と責任の重さをしっかりと受け止めている姿勢が感じ取れる。
大手対面証券なのに「ベンチャーチックな動き」
日興フロッギーがユニークな点はまだある。開設しているのがネット証券やベンチャー・スタートアップではなく、いわゆる大手対面証券のSMBC日興証券という点だ。一般に対面の証券会社よりも、ネット証券のほうが従来の考え方にとらわれない、新しいサービスを提供しているというイメージがある。
この点については、「たしかに作っているのは総合証券の一部署ですが、私たちは当初からベンチャーチックな動き方をしているんです」と明かす。
日興フロッギーは、2015年10月に経営企画部の「次世代投資家獲得プロジェクト」から誕生した。投資情報サービスとして始まり、記事から株が買える投資サービスへと成長してきた。
そして、今回のNTTドコモ社との協働を主導したのは、2016年4月にわずか3人でダイレクトチャネル事業部内に立ちあげられた企画課だ。そのミッションは異業種連携とフィンテックサービスの開発。丸山部長は「会社として新しい方向に舵を切り始めていたところだったので、我々はベンチャーチックにやっていこうと考えていた」といい、当時の思いを「投資の楽しさを見つけて欲しかった。新しい取り組み・仕掛けで若年層を取り込むには、ベンチャーのスピード感と熱意でやらなければいけないと思った」と振り返る。
今では三井住友フィナンシャルグループの一員であるSMBC日興証券は、もとは三大証券会社の一角・日興證券だった。同社は2001年、日興コーディアル証券に社名変更し、その後シティグループの傘下入りした。リーマンショックなどの影響もありシティグループが証券事業を手放し、三井住友フィナンシャルグループが取得している。
そうした歴史の中で、SMBC日興証券もオンライン化、フィンテック化の道をたどっている。1999年にはネット専業の日興ビーンズ証券を設立(同社はマネックス証券を吸収合併し、マネックス・ビーンズ証券となり、現在のマネックス証券へ)。84年にオンライントレードの「ホームトレードワン」を開始、その後社名変更時に「日興イージートレード」と改称して今なお提供している。
現職のダイレクトチャネル事業部長に就いたのは2回目という丸山部長も、日興ビーンズ証券に出て立ち上げに関わっている。マネックス証券との統合の後に日興本体に戻ったが、その後、SMFG入りもあって別の業務を担った。そして2014年に再び現職に。証券一筋とはいえ、オンラインビジネスの経験は短くないようだ。
部長がネット証券の立ち上げを経験、担当者の多くは中途採用のキャリア入社で、いわゆる大手証券会社に新卒で入った証券マンとは一味違う……。そうしたメンバーだからこそ “ベンチャーチックな動き方”が可能だったのかもしれない。
NTTドコモとの連携についても、お互いに大企業だけに社内調整に時間がかかるだろうが、「先方も大企業ですが、フィンテックの部署はベンチャーチック。現場レベルにはスピード感があり、ケミストリーも合っていたと思う」と述べる。
500円で株式投資ができる「キンカブ」があったからできた
そもそも日興フロッギーの「記事から株が買える」という仕組みが作れたのは、同社に「キンカブ」というサービスがあったことが大きい。
これはSMBC日興証券が2006年に始めた金額・株数指定取引だ。それまで金額指定の単位は1万円以上1000円だったのを、2019年2月にFROGGYの「記事から買える」という導線を新たに作った時に500円以上500円単位に引き下げ、2020年3月のNTTドコモ社との連携のタイミングに100円から買えるようになっている。2019年の商品性改善の際には買いの取引コストを100万円までゼロと大幅に引き下げた。
「株が数百円で買える」と聞くと、投資をまったくしたことがない人や、逆に古くから投資をしている古参投資家は驚くかもしれない。株を買うには何万円も、何十万円も必要だと考えられているからだ。
また現在、東証上場の株式単元は100株。株価が10円でも1000円かかる。にもかかわらず100円や500円から株が買えるということは、当然単元に満たない数の株も買えるわけで、これはSMBC日興証券が保有する株式を小分けにして投資家に売っているからできる。単元未満株では株主優待などは受けられないが、投資を始める上でのハードルが低くなったことは間違いない。
キンカブを始めたのも投資未経験者にリーチするためだった。丸山部長がこのサービスの開始を「従来の日興とはまったく異なる戦略だった」と振り返るように、それまでの大手証券会社のやり方すればあり得なかったという。
実際、最低投資額を500円に下げた当時、「社内でも意見は半々ぐらいに別れていた」そうだが、実際始めたところ、少額投資は支持されニーズが確認できた。現在では多くの証券会社が1株単位など、単元未満の株が買えるサービスを提供している。
丸山氏はさらに「金額指定で幅広い銘柄の株が買えるキンカブは、メディアコンテンツとの相性が非常に良かった」と分析する。2019年2月に記事から株が買えるサービスを始めているが、その時点で約3700銘柄が購入できていたという。「サイトの閲覧数もその前後で倍に増えた」というから、手ごたえがあったはずだ。2019年2月に、大手証券会社としては初めて、約定代金100万円以下の取引の購入手数料をゼロにしたことも大きかっただろう。
個人投資家に一番響くのは「少額・積み立て投資」と「ポイント投資」
今も昔も、証券会社など金融機関が腐心しているのは、いかに投資を始めるハードルを下げ、長く続けてもらうかということだ。そのためにあらゆる商品・サービスを生み出してきた。NISAやつみたてNISA、iDeCoなどの仕組みも生まれたが、国としては、「個人に投資を始めてもらいたい」というより、「将来の年金を国に頼りきりにせず自分で作ってほしい」と考えてのことだったのかもしれない。
いずれにせよ、手数料ビジネスをしている金融機関が、あらゆる商品やサービスを提供して、始めやすく・続けやすくすることに注力してきたのは間違いない。投資初心者を取り込む上で今、注目されているのは、「少額・積み立て投資」と「ポイント投資」だ。丸山氏も「その2つが特に投資家に響く」として注力する意向を示しており、「つみたてNISA」の取り扱いを6月末から始める予定という。
そして特に注目なのが「ポイント投資(ポイント連携)」だ。国がキャッシュレスを推し進め、あらゆるポイントが付与されていることもあって注目度は高い。金融各社はそれを投資・運用商品にあててもらいたいと考えている。期間限定ポイントや、あまったポイントなどの使いみちとしても期待されている。
SMBC日興証券は、2016年9月からdポイントを付与するサービスを開始していた。当時は投資をしたり積立したりすればポイントがもらえるというもので、まだポイントを投資に使わるわけではなかった。
それから2ヵ月後の16年11月にオウンドメディア「FROGGY」を開設。さらに2年と少したった19年2月に記事から株が買えるサービス「FROGGY」を開始。そして2020年3月24日、ついにポイントで株が買える「日興フロッギー+docomo」を始めた。今はキャンペーン中で、新規に口座を開設し、dアカウントと証券口座を連携させると200ポイントもらえるため、原資がなくても株式投資が始められるという。それもあってか口座開設件数は順調に伸びている。
楽天ポイント、Tポイント、ポンタ、LINEポイント……ポイント投資はさらに大きくなる
SMBC日興証券に限らず、証券各社ともポイント投資・連携には力を注いでいる。
ネット証券最大手のSBI陣営はSBIネオモバイル証券をつくってTポイントを活用。楽天証券には楽天ポイントという強力なポイントシステムが存在する。大手証券では、野村證券(野村ホールディングス)がLINEポイントを有するLINEと組んでLINE証券を設立。大和証券グループは子会社としてCONNECT(コネクト)を設立し、個別株式ポイント運用サービスを提供しているSTOCK POINTと組んで、Ponta(ポンタ)ポイントを活用していく構想だ。
各社がしのぎを削るが、SMBC日興証券の強みは何だろうか。
丸山部長は「どのポイントとどう組むのかがカギ。ポイントの強さとか経済圏の強さには期待している」としながらも、「ポイント投資はまだ始まったばかりで、この裾野は広がっていく」と断言。「ライバルというより、ポイント投資の世界を作っていくビジネス開拓の同伴者だと考えている」と回答した。
そうした同社の姿勢はNTTドコモとの組み方にも現れている。日興フロッギーのポイント連携では、排他的な組み方はしていない。SMBC日興証券が他のポイント提供企業と組むことも、NTTドコモが他の証券会社と組むことも自由なのだ。今後、他のポイントサービスとの連携が始まる可能性はあるということだろう。
“株屋“と呼ばれた証券会社のみならず金融業界が変わらなければいけない
少しずつできるサービスを拡充してきた日興フロッギー。サービス開始から数年たち、その存在感は社内でも大きくなった。日興フロッギーの新規口座開設件数はdポイントで株が買えるようになってから、7倍程度に伸びているという。
今後については、丸山部長は「ベンチャーチックにスピード感もってやりつつも、長期の視点も持っています。たとえば10年かけてこれくらいの規模のマーケットを作るために、まず3年でここまで、といった戦略で動いている」と話す。
バブル前夜の1985年に日興證券(当時)に入社した丸山部長は、「かつて証券会社は特定の、資産のある顧客だけを見た営業が行き過ぎ、“株屋”などと呼ばれました。その後、ネット証券、フィンテックサービスが生まれ、業界は大きく変わったように見えますが、構造はそんなに変わっていません」と指摘、金融業界・金融機関が大きく変わらなければいけないという危機感を表明する。
そして変わらなければいけない金融機関のテーマとして、「デジタルトランスフォーメーション」(DX)を挙げる。いうまでもなく、これは証券や銀行に限らず、あらゆる企業・分野で必須の課題となっている。
その前提でSMBC日興証券の戦略を見た時、ほかの大手対面証券と異なると感じられる点は、子会社ではなく自社自らがサービスを提供し、勝負しようとしているところなのかもしれない。他社との違いをどう打ち出していくつもりなのだろうか。
丸山部長は、「DXの重要性が盛んに叫ばれている中で、子会社ではなく我々自身、デジタルシフトを一気に進めて変わろうとしています。そこに将来に対する考え方や覚悟を感じていただけるのではないか」と力を込めて話す。デジタル化は単なる省コスト、効率化の手段ではなく、市場が必要とするサービスを適切なコストで提供し続けるための時代の要請と考えているのだろう。
その上でこう締めくくった。「私が一番大切だと思っているのは、(個人投資家に)相場を楽しんで続けていただくこと。マーケットは上がることも下がることもあります。損失が出たから『自分は向いてない』と止めてしまうのはもったいない。リスクや損切りの考え方、分散投資の考え方などを、コンテンツを通して楽しみながら学んでもらい、長く相場を楽しんでもらえる環境をつくることが重要。それがひいては我々のビジネスになる」
取材・文:濱田 優
画像:オンライン取材に応じる丸山真志・ダイレクトチャネル事業部長
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June 22, 2020 at 05:17AM
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