長期化する休業によって収入が激減し、不安を抱える労働者の生活をどのように支えるのか。先行きが見えず、人々の不安が高まるなかで、この課題への対策が強く求められている。
そんななか、政府が、休業中の労働者に失業手当を支給する「みなし失業」の適用について検討を始めたことが明らかになった。8日の会見で、これについて質問を受けた加藤厚労相は、「これまでもいろいろな措置をとってまいりましたけれども、さらに必要な措置があるのではないかという視点に立って議論を進めていきたい」と答えている。
今のところメディアは大きく取り上げていないが、この動きはもっと注目されるべきだ。「みなし失業」は、休業を余儀なくされて生活に不安を抱えている多くの労働者を支える仕組みになり得るからである。
「みなし失業」の適用は、現場で支援活動を展開する団体や専門家が求めてきたものだ。筆者も参加する「生存のためのコロナ対策ネットワーク」は、「提言:生存する権利を保障するための31の緊急提案」において「みなし失業」の必要性を訴え、院内集会などを通じて各政党にも働きかけを行ってきた。
雇用調整助成金制度が機能不全に陥りつつあるなか、支援の現場からも待ち望まれてきたのが「みなし失業」の適用なのだ。
「みなし失業」を適用すべき理由
「みなし失業」とは、休業を余儀なくされ、給与を受け取ることができなくなってしまった人について、実際には離職していなくても、失業しているとみなして、失業給付を受給できるようにする雇用保険の特例措置だ。
通常、失業給付(雇用保険の基本手当)は、離職して失業状態にある人に対して、次の仕事を見つけるまでの生活の安定を図り、求職活動を容易にするために支給される。
これを特例的に、仕事を辞めていなくても、失業給付を受けられるようにするのが「みなし失業」だ。この特例措置が適用されれば、長期間の休業を余儀なくされている多くの労働者が安定的な生活収入を確保することができる。
この措置は、労使双方にメリットがある仕組みだ。労働者は「失業」とみなされながらも、会社には在籍し続けることができる。一方で、事業主からすれば、金銭的な負担を負うことなく、従業員の雇用を維持することができる。実現すれば、整理解雇が抑制され、失業者の増加を防止することにつながるだろう。
休業中の労働者の生活を支える施策として政府がこれまで重視してきたのは、雇用調整助成金制度のたび重なる拡充であった。しかしながら、助成金の申請や支給は思うように進んでいない。申請手続が煩雑、支給まで時間がかかるといった事情から、申請をしない(できない)事業主が多いためだ。
助成金を活用して休業手当を支払うように労働者が求めても、事業主がこれに応じなければ、休業補償の枠組みから漏れてしまう。こうして、職場で弱い立場に置かれやすい非正規労働者をはじめ、多くの労働者に施策の効果が行き届いていなかった。
このため、人々から、より簡単で確実な仕組みが求められていた。そこで、現場の実態を知る支援団体などが要望してきたのが「みなし失業」の適用なのだ。
「みなし失業」は、労働者が自ら手続を行い、労働者に直接支給される仕組みであるため、迅速かつ確実に手当を受け取ることができる。手続きの状況を自分で把握できるから、「先行きが見える」という点でもメリットがある。
筆者は、今回の雇用調整助成金をめぐる混乱の背景には、時代遅れとなりつつある「企業任せの政策」があると指摘してきた。そして、企業を中心に整備され、労働者の生活を直接的に保障する機能が弱いという日本の社会保障制度の特質を、コロナ危機を契機に抜本から見直す必要があると主張してきた。
混乱を収め、労働者の生活を安定させるためには、「みなし失業」のように個人に直接支給を行う施策が必要なのだ。「みなし失業」の適用は、雇用調整助成金に替わり、労働者の生活を支える措置となるだろう。
※ 「みなし失業」の必要性と意義についてはリンク先の記事もご参照いただきたい。
参考:休業補償の「次の一手」が見えてきた! 震災時に発動した「みなし失業」制度とは
震災の時にも効果を発揮した「みなし失業」
「みなし失業」の適用が大きな効果を発揮したのが、東日本大震災の時だ。
地震や津波の被害を受けて休止した事業所の労働者を救済するため、実際には離職していなくても、失業しているものとみなして失業給付を受けられるようにしていたのだ。災害の被害により事業所が損壊し、離職手続ができないような場合でも救済されるようにしていた。
通常、労働者が会社を離職したときには、事業主がハローワークに離職証明書を提出し、資格喪失を届け出た上で、労働者に離職票を交付する。労働者はハローワークに離職票を提出し、受給資格の決定を受ける。その後、4週間に1回、失業の認定を受けた日数分の基本手当が支給されることとなる(最初の7日間は待機期間として支給されない。)。
震災の時に採られていた「みなし失業」でも、基本的にはこれと同じ流れで、失業手当の支給手続が行われていたようだ(離職票の代わりに休業票を提出)。簡素な手続によって支給がなされていたことがわかる。
今回「みなし失業」が適用された場合にも、同様の仕組みが採られるものと考えられる。退職の手続であれば、多くの事業主は慣れているから、雇用調整助成金のように手続が難しいために支給が進まないという事態は生じにくい。現在の状況においても、「みなし失業」は有効に機能するだろう。
「みなし失業」の適用に当たっての留意点
一方で、この仕組みを導入するに当たって、留意すべき点もある。
第一に、何らかの理由で休業票を受け取れない労働者を救済する措置を設けることだ。
手当の額を算出するに当たって労働者の賃金等を確認する必要があるため、事業主に、休業証明書(通常の離職証明書と同様の様式)の提出という一定の関与をさせることには合理性がある。
ただし、上述したとおり、労働者が自ら受給手続をできることがこの仕組みの利点であるから、何らかの事情によって事業主が手続を行わないことにより労働者が制度を利用できないという事態は防がなければならない。この点で柔軟な対応が求められる。
第二に、労働者の自由な意思に基づいて制度が運用されるようにしなければならない。
というのも、「みなし失業」による失業手当の受給には、労働者にとってデメリットもあるからだ。労働者が事業主から休業手当を受け取っていた場合、状況によっては、「みなし失業」による手当の方が受け取れる額が低くなる可能性がある。
それに加えて、東日本大震災の時と同じ運用がなされることを前提とした場合、「みなし失業」による失業手当を受給すると、それまでの被保険者期間がリセットされてしまう。
そうすると、コロナの影響が長期化し、本当の「失業」をした場合には失業手当を受けられなくなってしまう可能性が高い(受給資格を取得するために、少なくとも6か月以上の被保険者期間が必要であるため)。
休業手当を支払わず、「みなし失業」を利用するように労働者を誘導する事業主が出てくることも予想される(失業手当が受けられるとして、労働者を退職に誘導したタクシー会社が記憶に新しい。)。一定の歯止めがなければ、より混乱を深めてしまうことにもなりかねない。
そこで、どのような場合に「みなし失業」が認められるのか、雇用調整助成金と「みなし失業」という2つの制度間のバランスをいかに保つのか、特措法に基づく休業要請を受けている場合とそうでない場合にどう異なるのかなど、いくつかの論点について整理が必要になってくるだろう。
少なくとも、労働者の意に沿わずに、事業主が一方的に手続を行うことを許してはならない。前例がなく、難しい課題であるが、厚労省には慎重な制度設計を期待したい。
また、「みなし失業」によって失業手当を受けた労働者が、その後に「失業」した場合に救済される措置についても検討する必要があるだろう。
第三に、非正規労働者や学生アルバイトなどが仕組みから漏れないようにしなければならない。
これらの労働者こそ、差別的な運用によって現在の休業補償の仕組みから排除されやすくなっており、保護の必要性が高い。雇用保険に加入していない労働者についても、「みなし失業」による手当を受けられるような特例措置が求められるだろう。
政府は積極的な周知を
「みなし失業」に期待される効果の大きさとは裏腹に、政府が検討を開始したにもかかわらず、そのニュースはあまり注目されていない。
だが、ここでみてきたように、その政策効果は極めて大きい。
もちろん、まだ検討を始めたところであり、正式な決定をしているわけではない。とはいえ、このような大きな施策を実行しようとしていることを周知することは、多くの人の安心につながるだろう。
私たち支援団体のもとには、毎日、解雇に関する相談が寄せられている。特に、緊急事態宣言が延長されることが判明した頃から、その件数は増加傾向にある。そのなかには、懸命に従業員を守ろうとしたが、緊急事態宣言の延長によって希望が絶たれ、解雇に踏み切ったケースもあると思われる。
日経新聞の報道によれば、政府は、失業手当の関連法の改正案を早期に国会に提出し、法案が成立すれば5~6月にも支給を始める見通しだという。
「こんな制度がもうすぐできそうだ」という情報が周知されるだけでも、解雇を最小限にとどめ、失業者を抑制することにつながる可能性がある。
実際にどうなるのかは分からないが、現時点でわかる範囲の情報を発表し、政策実現の見通しを示すべきだろう。
政府には、不安を抱えている方々に届くように、わかりやすく積極的な周知活動をお願いしたい。私自身も、困っている方に必要な情報が届くよう今後も発信を続けていきたい。
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May 09, 2020 at 07:00AM
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