神社には二つの指標があるように思える。一つは「格式」、もう一つは「御利益」。本書『儲かっている社長はなぜ神社に行くのか? 仕事の神様大事典』(宝島社)は主として後者を軸に起源や歴史、人気の理由などを解説している。日本の産業界、企業が信奉する神様についての事典だ。業界ごとに関係の深い神社が紹介されている。
業界の守護神
「日本には職業ごとに神様がいる!」というキャッチが付いている。製鉄は金山彦命、農業は豊受大神、物流は宗像三女神、電気は火雷大神、証券はウカノミタマ、建設は聖徳太子だという。なぜ日本の企業は神様を必要とするのか。日本を代表するような経営者は神様をどのように信奉してきたかも解説している。
監修の瀧音能之さんは1953年生まれ、駒澤大学文学部歴史学科教授。研究テーマは日本古代史。主な著書に『風土記と古代の神々』(平凡社)、『出雲古代史論攷』(岩田書院)、『図説 古代出雲と風土記世界』(河出書房新社)、『古代出雲を知る事典』(東京堂出版)、『出雲大社の謎』(朝日新聞出版)など。監修書に『最新発掘調査でわかった「日本の神話」』(宝島社)などがある。
本書は「Part1 業界の神様」、「Part2 企業の神様」、「Part3 経営者が信仰する神社」の三部構成。日本でなぜ仕事の神様がいるのか、どのような神様が業界の守護神になったのかの説明に続いて、個別の業界での神様を紹介する。
証券・小売・卸売業界の神様は、宇迦之御魂神。これは稲荷神のこと。「イナリ」とは「稲が生(な)る」を意味する。「稲の神」を神格化したものだ。米は一粒から多くの実りをもたらすことから、商業神としても信仰されるようになったそうだ。全国の稲荷社の総本社とされているのは京都の伏見稲荷大社。いくつもの根が幹を持ち上げるように立っている「根上がりの松」がある。「株の根が上がる」に通じることから金融関係者が参拝に訪れるという。
日本最初のパフォーマー
各種業界で信仰されている神様には大別して二つの類型がある。一つはその産業を最初に興した神。もう一つは、その仕事に従事していたとされる神。
後者の代表格が、芸能の神様である天鈿女命(あめのうずめのみこと)だ。天照大神を天の岩戸から出す際の儀式で、滑稽で妖艶な踊りを踊った。日本最初のパフォーマーだ。したがって芸能の守護神として信仰されている。京都の車折神社が有名。願掛けで多くの芸能人が訪れている。ほかにも芸能人とかかわりの深い神社はいくつかある。
医療・製薬の神様は、少彦名命(すくなひこなのみこと)。病気の治療法を定めるなどまじないから湯治まで網羅する薬祖神だという。この神を祀るもっとも有名な神社は大阪の少彦名神社。中国の薬神である神農と共に祭神としている。例大祭の時に授与される張り子の虎は、江戸時代にコレラが流行した時にも疫病除けとして配られ、今も人気が高いという。神社があるのは、薬問屋の町として有名な道修町。神社を支える薬祖講には約400の製薬関連企業が参加しているそうだ。今回のコロナ禍でもお守りを求める人が多いということが報道されている。
「Part2 企業の神様」は大企業と神社との関係を探っている。本社内に神社を祀っている会社は少なくない。業界に関係する神社、所在地の鎮守神社、創業者や企業に関係がある神社の3パターンがある。東京・恵比寿のサッポロビールにあるのは当然ながら恵比寿神社、宮崎の霧島酒造にあるのは霧島焼酎神社、京セラには京セラ神社、大分県椎茸農業協同組合には椎茸神社、日本相撲協会には野見宿禰神社。多いのは、やはり稲荷神社で、テレビ朝日はテレビ朝日稲荷神社だという。「Part3 経営者が信仰する神社」では松下幸之助や渋沢栄一らのほか、最近のIT企業経営者の名前も出てくる。
格式が高い22社
BOOKウォッチでは神社関連で多数の本を紹介している。『なぜ八幡神社が日本でいちばん多いのか』(幻冬舎新書)によると、日本には約8万の神社がある。最多は八幡信仰。2位は伊勢信仰(神明社、神明宮、皇大神社、伊勢神宮など)、3位は天神信仰(天満宮、天神社、北野神社など)、4位は稲荷信仰(稲荷神社、宇賀神社、稲荷社など)だという。
出自別に神道の神々をみると3種類に分けられる。一つ目は記紀に登場する神々。二つ目は記紀には登場せず新たに祀られた神々で八幡神など。三番目は偉人などを神としたもので菅原道真が信仰の対象になった天神など。徳川家康を祀る東照宮もこのカテゴリーだ。同書は、八幡神を朝鮮半島からの渡来神と推定していた。
神社の格式にもいくつかの基準がある。『二十二社』(幻冬舎新書)によると、「二十二社」とは、天変地異が起きたとき、国(朝廷)が神前に供物(幣帛)を捧げた22の第一級神社のこと。8世紀ごろからそういう習わしがあり、少しずつ神社数が増えて、平安時代の1039年、後朱雀天皇が定めた神社の格式制度で22の神社が決まったという。この中でも「上」「中」「下」の格式がある。「上七社」というトップランクの七社のいくつかは、意外にも渡来人との結びつきが深い。
天然痘の病除け・疾病平癒を祈る神木
『縄文の神が息づく 一宮の秘密』(方丈社)では全国各地の地元の最有力神社「一宮」が取り上げられていた。平安時代の法令集『延喜式』の中に「延喜式神名帳」というのがあって、そこに全国で早くも2861社の神社名が記されている。さらにその中で224社が「名神大社」(とくに霊験あらたかとされる神)になっている。これが神社についての最古の公式記録、ランキングだという。先の二十二社はほぼ近畿地方に限定されるが、こちらは各地に広がる。
冒頭にも書いたように、こうした格式と、本書で紹介されている「業界の神様」とは必ずしも一致しない。別の見方をすれば、「業界の神様」となって人気がある神社は、いわば「商売上手の神社」。だからこそ御利益が期待できる、ということにもなる。
なおBOOKウォッチでは『神木探偵――神宿る木の秘密』(駒草出版)で、静岡県の「葛見神社の大クス」を紹介している。幹回りが約15メートル。「疫病神が祀られた神木」がある。妖気が全体から漂っている。天然痘の病除け・疾病平癒を祈る神木だ。
このほか、行きにくいところにある神社を探訪した『秘境神社めぐり』(ジー・ビー)、さらに神社自体が抱える問題を扱っている『靖国神社が消える日』(小学館)、『ニュースが報じない神社の闇――神社本庁・神社をめぐる政治と権力、そして金』(花伝社)なども紹介している。
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May 13, 2020 at 05:01AM
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